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2013年10月

2013年10月29日 (火)

『chalaza』          ― 玉田憲子句集 ―

箸先より逃ぐるカラザや柿若葉

あとがきより抜粋。
―『chalaza』(カラザ)というのは鳥類の卵黄の両端についている紐状のもので、たんぱく質でできていて卵黄を卵白の中で一定の位置に保つ役割をしています。元々はラテン語 だそうで、「殻座」というのは当て字だということです。―

あ~あれですね。毎朝、カラザに逃げられている読者としては
奇妙に現実感のある句集名『chalaza』に納得。
 

アボリジニアイヌイヌイット鳥渡る

舌を噛みそうなカタカナ言葉なのに独特のリズム。一度聴いたら絶対忘れない上五、中七。民族の根源を思わせる「アボリジニ」「アイヌ」「イヌイット」を配して「鳥渡る」という壮大なロマン。知性とどこかに土の匂いのするなつかしさを感じる。



この星に残るとすれば灸花


この星には、もしかして誰も残れない怖い時代が来るのかも知れない。
そんな不安がふと過る。
でもでも・・・「残るとすれば」
は、切ない言葉。

可憐で目を離せばどこへでも遊びに行ってしまう流星のような「灸花」。

ロマンチストな作者の素顔ががちらっと顔を出す。
「そんなに地球から食み出さないでここに残って」と私も切に願う。
灸花フアンとしては擽られるような感覚。

 月光遍し抱かれたくなき乳房にも

 代田べり軽トラの中に抱擁すImg_9850_2
 

 子に夫に聖菓切り分け不幸せ

 愛憎の憎の勝る日悴めり


 裸婦像は「煌く嫉妬」冬雲雀


 

 この家のどこかで漏電ねぢあやめ


 姉よりも兄の優しき山桜桃


 文京区の六年生の植田かな


 胡桃割るこの世の底に二人きり

 とびかかつてきさうな漢冬林檎

 熊の棲むやまやま高く合歓の花

 

 寂しいよ月を殴りて星蹴飛ばし

 
池浚ふ男時々吾を見る

 緑さすモルドヴァ民謡泣くやうに

驚いたことは、句座や「街」誌
での憲子さんの句を沢山記憶していることだった。それだけ印象深く共感した句が多かったということ。

繰り返される日常を新しい角度から表現してドラマ性を出すという写生に挑戦された作者。辛くて
甘いエッセンスが一杯詰まった句集でした。

               玉田憲子句集 『chalaza』(2013年8月刊行)   

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2013年10月22日 (火)

レースを付けて

Img_9823_2銀座のブティックへ行くなんて滅多に無いこと。

ブティック「レイ シフリ ドゥ レース」は親友Mの知人が経営するお店。
銀座二丁目の「松屋デパート」の近くにある一見フランス風のお洒落な店である。

コートの襟やポケット、セーター、ブラウスの襟や袖など、ハンカチに至るまで
自社ブランドのレースをあしらってある。

全て素材から仕立てまで国産。

女性をふんわかと夢心地にさせてくれるムードを満喫できるお店。
デザインがどこか懐かしくシンプルで可愛い。
年齢を問わず着れそう。

「どうぞどうぞ御試着下さい」
言われるままに長いこと脱いだり着たりして友人と楽しんだ。

ブティックでの至福の時間なんて男性には分からないだろうなぁ。
Img_9830
私はもっぱら目の保養。
そして又、むくむくと何か縫いたくなってきた。
それもレースを付けての創作意欲!・・・・。
出来っこないのに。

こんな気持、数日であっという間に消え失せてしまうことが分かってもいるけど・・・、ふんわり感はまだ続いている。
銀座のオーラって強い。

              雪吊の天辺に乗る銀座の灯   いほこ

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2013年10月16日 (水)

秋の虹

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あれ、少し目を離している間に右(西)の方角へ移動する虹。
南からどんどん西へ移動してついに視界を抜けて消えてしまった。

魔術のような秋の虹。(朝、7時半頃から20分間ほどだったかな~)

台風はくるたびに日本を襲いまくる。
今回は東京都大島を襲った豪雨。

日本の何処かを点で襲うような異常気象的な自然の猛威は
人々の予測を超えていることが怖い。

四季のある日本が魅力なのに。
だんだん秋と春が短くなってゆくような・・・。

虹ってほのぼのと明るい未来の象徴のような存在なのに、
今日の虹は何故か不安な色を含んでいる。
そもそも途中で千切れていること事態が頼りない。

不安なんて気のせい、気のせいと言い聞かせたら
心の虹も消えてしまった。

 

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2013年10月14日 (月)

手提げ

今の時代、手芸屋さんに限らずスーパーにもデパートにも
トートバックの売場が必ずあり、安いものからブランド物まで溢れている。

先日、急に思い立って手提げ袋を縫い始めた。トートバックというよりも
手提げ袋、否、簡単に言うと「手提げ」である。
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すぐに出来上がるつもりで縫い始めた処、、持ち手の長さを間違えたり、終り近くなってミシンの調子が悪くなったりで、
午後一杯かかってしまって夕食の支度の時間にずれ込んでしまった。あ~、忙しかった。

一応、裏付きの大きな「手提げ」が出来上がってほっとしたものの肝心なミシンの縫目がきれいに出来ず、大いに不満。

何をやってもこの頃手際が悪い。
でも、ちまちまとこんなことをやっていると時を忘れてしまう。

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台風が近づいているらしい。
いつになったら秋らしい秋になるのでしょう。

農家に貰った石榴が少し割れて幽かにいい匂い。
石榴の肌ってどうしてこんなに荒れてるの?

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2013年10月 9日 (水)

花蕊のごとく                  句集『槇』より

  一生を長女の重さ十三夜           金子か代
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末っ子だと長女の重みなんて思いもしない。
私は三姉妹の末っ子。真ん中の姉は既に他界したので二人姉妹だが、もうそろそろ暢気に構えて自分の事だけ考えていればいいのにと思うが長女はそうはいかないらしい。

私が風邪を引けばハチミツやノドアメを送って来て「嗽をちゃんとするのよ。うちの家系は気管が弱いから大事にしないとね」私が幾つになっても変わらない。
それもそう。姉には子供が居ないし、私とは随分齢が離れているから無理もない。

盆と正月の寺や墓への心配り等々、大変なこと。「貴女はいいよ。いいよ何にもしなくても。でも私が居なくなったらあとよろしくね・・・」なんて.そんなのないよ~


長女は生れたときから長女。優しさを前面に出して、でも長として君臨している。
敵わないな~ 末っ子は何時までも末っ子。


きっとか代さんも兄妹から尊敬され続けていらっしゃるに違いない。
ふと漏らした本音。私にはずしりときた。何で今迄「長女の重さ」に
気が付かなかったのだろう。

  薔薇風呂にわれは花蕊のごとく立つ         

可愛い林檎風呂ではない。薔薇風呂に堂々と「花蕊のごとく・・・」立つ。
やはり長女の感覚である。この句惹かれる。
金子か代さんは長女でいらっしゃるのだ。


                            金子か代句集『槇』
(2013年2月刊行)

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2013年10月 4日 (金)

曼珠沙華

     曼珠沙華武器のごとくに倒れ腐ちて        金子兜太

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「武器のごとく」と思えるのは戦争で戦った人の目。
戦争を体験していない者には永遠に出てこない言葉。

この秋何度も撮った曼珠沙華 。
1本のもあれば一面が曼珠沙華というのもあるけれど
私はほどほどの数の曼珠沙華が好き。

今日の秋雨で多くの曼珠沙華が
犠牲になったことでしょう。

薄物のカーディガンを
脱いだり着たりとせわしい日でした。

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2013年10月 2日 (水)

『不毛地帯』以来

Img_9703                     ( カエデフラミンゴ 09/23/2013 撮影 ) 

作家の山崎豊子さんが9月29日に亡くなった。
三日経って、やっぱり数行の言葉でも書いておきたいと思った。
大好きな作家だったから。
フアンになったのは『不毛地帯』を読んでから。

この方の作品はテーマ性があり、社会や大きな組織に翻弄されながら生きるということの複雑な人間性を描き続けた作家だった。スケールの大きさ、緻密さ、非常さはほとんどの作品が映像にしたくなる作品だとも言われている。

そういえば私も『ぼんち』『女系家族』『白い巨塔』『華麗なる一族』
『大地の子』『二つの祖国』『沈まぬ太陽』
等々、映画やテレビに魅了された。

何のご縁も無く只一方的にフアンだというだけの存在であっても、
この澄んだ日本の秋空をいつまでも共有していたいと思う人。残念。

                  

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