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2011年9月

2011年9月27日 (火)

コンサート&カウベル

親友Jと久しぶりのコンサートへ。
JR横須賀駅の一つ隣の
衣笠は初めての街だった。

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昼食は「カウベル」という名の小さなレストラン。

店内はその名のとおり大きなカウベルと長~いホルンが飾られ、ドイツ風?それともスイス風?のインテリアだ。
カウベルは私がスイスで買った思い出の品でもあり懐かしい。


知らない街の知らないレストランの「煮込みハンバーグ」。
小さな鉄鍋にぐらぐら煮立ち、小玉葱、ニンジン、パスタも入っていてソースもたっぷり。絶対お勧めの味。
あらら、いつの間にか暖かい料理が不思議ではない季節になっている。

コンサートは「横須賀ゆかりのミュージシャンによる
歌とピアノの祭典」。
内容は、日本の歌・オペラ・男性トリオ・ピアノソロ・・・と盛り沢山。
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  ピアノ         宮川久美
  テノール        三浦幸未知
   ソプラノ         井上喜美
  ふぁんたじー   (男性トリオ)

オペラは一場面だけだったが、
始まる前に簡単な粗筋や言葉の説明があって
とても分かり易い構成になっている。

Jのご招待に預かった第1回のコンサート「イル・ルビーノ」。
横須賀ゆかりのミュージシャンの今後の活躍が楽しみ。

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私のカウベル。

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2011年9月22日 (木)

野分あと

台風15号が去った。大いなる疵痕を残して。

自然の猛威に大しては人間の力なんていかに儚いものなのか
思い知らされる。
地底からの地震、沖からの津波、天井からの豪雨、あられもないとろからの風の猛威に痛めつけられるという繰り返しの中に日本列島は存在している。
日本人は太古の昔から災害の悲しみを乗り越え乗り越え復興し続けてきたすごい民族であることに間違いはない
 

新聞、テレビで被害状況が発表され、
無残なニュースが続く毎日である。

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我家の些細なことだけど、今朝は
硝子窓13枚をきれいに拭きあげた。
これで取り敢えず台風様ともおさらばである。
拭きあげた硝子の向こうの青い空は
日本の秋だった。
 

        
        (濡れた道路を離れない揚羽)

 


 
野分あと駅の明りの膨張す 
             
 いほこ(2010年)

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2011年9月19日 (月)

真夜の曲

夕べのテレビ「EXILE」と「鈴木雅之」のコラボにはにうっとりした。

鈴木雅之の「ガラス越しに消えた恋」や「恋人」・・・・。
EXILEとのコラボ「夢で逢えたら」「ロンリー・チャップリン」等々スペシャルメドレーを痺れるほど聴かせてもらった。

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鈴木雅之、存在感あり。EXILEに未来あり。

長時間テレビを見ることがあまりない私が昨日はテレビを独占したこともあって、20時の「江」に始まり、「中村吉右衛門」までたっぷり堪能した。気がついたら23時30分。
やはり秋ですね。テレビも藝術、藝術!


Img_7912(上、TBSテレビ画像より)

夕べを思い出しながら今朝、鈴木雅之のCDを聴いた。

夢でもし逢えたら 素敵なことね

あなたに逢えるまで眠り続けたい

あなたは わたしから遠く離れているけど

逢いたくなったら まぶたをとじるの

つくづく思ったこと。この曲はやはり真夜の曲だな・・・って。

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2011年9月15日 (木)

夜は秋

 名月や白き鳥飛ぶ海の上          正岡子規

昼間は未だ真夏。Img_7895_4

簾の内に身を潜め、部屋いっぱいに風を通し、
ひたすら陽の沈むのを待つ。

流石に夜ともなると涼しい。
先日はロマンチックな十六夜だった
。(写真9/13)

月の出だけは私の机から見るのがお勧め。
マンション群はいかにも都会的だ。

何でこんなに月は速く動くのだろう。・・・と思って不思議な気持で
見ていたら実は雲が動いていたのだった。
子供の頃と同じ疑問を持つなんてちっとも進歩していない。

 白かりし良夜の土の欺けり       山口誓子

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2011年9月10日 (土)

『浜北人』         池本光子句集

 神輿ひとつ濃尾平野にあらはれぬ         池本光子

「神輿」といえば夏。見渡す限り静かな濃尾平野の青田。
青田の隅に突如白い集団が現れた。集団は揺れながら
少しづつ近づいてくる。
「おお、神輿だ!」神輿の担ぎ手の白装束も掛け声も
だんだん大きくなって来る。
「静」から「動」へと移りゆく色彩的映像的効果が好き。

土に親しむ作者のもう一句。
「日本のいろ」は作者が言わなくとも「果てしなく青い世界」がそこに存在する。
 

日本のいろ千枚の田が植わり 

雪の夜となる空港の授乳室 

茄子焼いて母の晩年濃かりけり 

 根堅遺跡より出土の本州唯一の旧石器化石人骨はImg_7885
 浜北人と命名さる
浜北人遺跡をきゆんと初鴉 

冬麗の美濃の木乃伊は頭でつかち

冬うらら泳ぐがごとく富士ありて

考へるポーズをとれば石冷ゆる


Img_7886_4そうそう、こんな写生句も。


秋風を来る含羞の今井聖
 

 「街」の池本光子さんの
  句集
『浜北人』は2011年6月上梓された。
  

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2011年9月 5日 (月)

切手の芭蕉      (11回)

「奥の細道シリーズ」    第10集

*60円切手(2種連刷)2組      「浜の秋」   「蛤」
*切手発行日              平成元年5月12日
*消印                   岐阜県大垣郵便局

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「浜の秋」

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さびしさやすまにかちたる浜の秋     芭蕉

芭蕉は陰暦8月16日(陽暦9月26日)に、敦賀湾の北西部にある色が浜に遊ぶ。
『源氏物語』以来絶賛される須磨にも勝る色が浜の寂寥感を詠ったもの。


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「蛤」

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蛤のふたみに別行秋ぞ       芭蕉

蛤の蓋と身が離れにくいように私にとって別れがたい大垣の人々であるがここに別れて私は伊勢の二見が浦を見にゆく。折から季節も秋が行こうとしており、別れの寂しさがいっそう身にしみて感じられる。

芭蕉は陰暦8月20日過ぎに大垣に着き、そこで『おくのほそ道』は終った。
しかし漂泊の人芭蕉はさらに旅を続ける。この句は大垣の人々への別れの句、そして『おくのほそ道』の結びの句。


                    切手発行数  33,000,000枚

 

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― 終りに ―

「切手の芭蕉」「第9集」をマイブログでご案内したのは3月11日だった。
そしてその日の午後「関東東北大地震」が襲った。


行春や鳥啼(なき)魚の目は泪(なみだ)   
あらたふと青葉若葉の日の光
田一枚植て立去る柳かな
野を横に馬牽(ひき)むけよほとヽぎす
世の人の見付ぬ花や軒の栗
早苗とる手もとやむかししのぶ摺
夏草や兵(つはもの)共が夢の跡
あやめ艸(ぐさ)足に結(むすば)ん草鞋(わらぢ)の緒
まゆはきを俤(おもかげ)にして紅粉(べに)の花
閑さや岩にしみ入(いる)蝉(せみ)の声
雲の峯幾つ崩て月の山
さみだれをあつめて早し最上川
象潟や雨に西施(せいし)がねぶの花
荒海や佐渡によこたう天河(あまのがは)
わせの香や分入(わけいる)右は有磯海(ありそうみ)

あかあかと日は難面(つれなく)も秋の風
石山の石より白し秋の風
月清し遊行(ゆぎやう)のもてる砂の上
さびしさやすまにかちたる浜の秋
蛤(はまぐり)のふたみに別(わかれ)行(ゆく)秋ぞ

芭蕉の歩いた道はどんな形で残っているのだろう。
震災の復興は未だ始まったばかりである。  (終)

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