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2011年1月18日 (火)

句集『日月抄』 (じつげつしょう)    前田半月

句集『日月抄』あとがき。

古来、詩歌における風雅とは、戯(ざ)れうたにして誠なきものをいう。
この「風雅とは滑稽なり」の源流を心ざしてみたつもり。
芭蕉における風雅の誠
親鸞における悪人正義
みな、危うきに遊ぶもの哉、という思いである。

  2010年八月               前田半月


半月さんはどこか武士のような風格の漂う、それでいて物事に対して少し冷めてクールな見方をする人だと思っていたが、この「あとがき」を読んで更に納得する。

冷めていると思わせるほど実は俳句と激しくぶつかり合っている人。
「みな、危うきに遊ぶもの哉、という思いである。」この究極の一行。

『日月抄』のあとがきを読むと、必ずと言っていいほど再び句集を繰って最初から読みたくなる。そうしてイメージ
とは違う作者の一面に次々出合ってしまうのだ。
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  人恋ひて肺の悴む音すなり
  雪原はひかりにあふれ一両車
  
降りたてば地図とは違ふしぐれの灯
  垂直のビルは濡らさぬしぐれかな
  すすきのや氷の馬のなかに街
  佐保姫とふたりで回る観覧車
  傷つきし鹿はもつとも高く跳ぶ
  月の人に明りのひとつ消されけり
  かなかなに風立つここは廃坑区
  食材を買ひて作らぬ夜長かな


  『日月抄』は第三句集。作者は札幌市生れ、札幌市在住。

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