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2009年3月 6日 (金)

おぼろ夜

Img_4343_2 楸邨さんは知世子さんとの結婚第一声といってもいい呼びかけは

「俺は農業は何も知らないで育ってしまった。木や花や草や虫や動物のこれというものを知らないで、今日になってしまった。父親が俺に教えてくれたのは、貨物列車、恐ろしいスピードの機関車、そういうような機械というものだった。けれど農業の不思議な仕掛けは、教わっていなかった。どうすればいいのだろうか」と。

そして楸邨は述べている。
「結局煎じ詰めて私が掴むことができたのは、「ものおもふ」だったのです。「ものおもふ」といっても、くよくよしたり、恰好良いもの思いなんかではないのです。あの田んぼに入って、泥まみれになって、そして生えてくるものと取っ組み合って、これを育てて、薬をやったり何かをして、百姓として一人前の収穫をあげるこの段階を何も知らないでいたのです。」

埼玉県
粕壁中学校(現・埼玉県立春日部高等学校)の教師の頃、農業のことを何も知らなかった楸邨は生徒が怖かったという謙虚な言葉で表現している。
そして名句は生まれる。

   おぼろ夜のかたまりとしてものおもふ     楸邨

楸邨はこうも述べている。
「たしかに私には弟子がいます。先生先生と言ってくれます。しかし簡単に、おおそうか、Img_4345_2 私の弟子か、と言ってしまえる弟子ではないんです。怖いんです。どうかすると苦しいんです。そういう弟子が多いんです」とも。

楸邨は怖い思いをさせる先輩、先生、知人、弟子から、自分なりの宿題を課し、それを追いかけ、おぼろ夜のかたまりとなっていった。

私の好きな「おぼろ夜のかたまり」の謎が少し解けた。

おぼろ夜に楸邨はものを思って一個のかたまりとして存在している。その思っている内容は読者と作者との間に相当の落差があるところが面白い。やぱり楸邨さんてすごい人!

アサヒグラフ(別冊)平成俳壇・歌壇   (1992年12月25日発行)
  俳句的対話・「おぼろ夜のかたまり」考   加藤楸邨VS大岡信 より一部抜粋。

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