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2007年11月

2007年11月30日 (金)

福岡 -3-

福岡市立植物園は姉のところから頑張れば歩いてでも行ける距離。動物園と隣接している市民憩いのエリア。

姉の一番のお気に入りは大きな柏の樹。
真冬になっても柏の葉は、樹を守るように、樹に寄り添うように
春まで落ちることはない。
風の日はその葉が「かさかさかさ」「かさかさかさ」と
美しい澄んだ音を立てるのである。
この葉音がたまらなく好きという姉。

柏には昔から葉守の神が宿ると言われている。
「冬柏」(枯柏)は勿論冬の季語。
葉は未だ淡い緑を残し
冬柏までには間がありそう。

Img_0634この日は 先ず蔦紅葉に圧倒される。

もう他所では見なくともいいと思うほど美しかったのは
「高遠の桜」「軽井沢の紅葉」だった。
「蔦紅葉」もこれ以上のものはもう期待しない。



燃える色は儚い。
彼岸花も、カンナも、紅葉も、鶏頭でさえも。

あっという間の三泊四日の福岡だった。
夫も既に亡くなって一人暮しの姉に心を残しつつ・・・・福岡空港を後にした。
Img_0716_3      

蓮の実は薔薇の絵の傍らに置いて来た。
次、蓮の実に会えるのはいつ?

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2007年11月25日 (日)

福岡  -2-  

福岡城お濠の蓮池は街のど真ん中にある。

Img_0697_2 蓮池、遊歩道、幹線道路が違和感無く平行しており、私は破蓮をイメージするときは、いつもこの喧騒と静寂が一体化した福岡城址のお濠を思うのである。

Img_0702_4池の畔で大きな蓮の実を一本拾った。
見ればつくづくグロテスク。
黒く熟した種子は孔から飛び出て水に落ちる。

蜂の巣のような孔の中ににもう実は2~3個しか入っていない。
壷に活けたらさぞかし存在感あるだろうなぁ!
まるで宝籤の当り券を拾ったような気持♪

地の底とつながる蓮を堀りあぐむ          手塚美佐

広大な池の半分くらいは既に蓮根堀が終っているようである。清掃用の小さい舟は破蓮の屑ですぐ一杯になる。Img_0705
この豊かな蓮池は福岡市立城址公園の一画にある。・・・ということは掘られた蓮根は市のもの?
掘った大量の蓮根はどこへゆくのだろう。
そんなことは余計なお世話?

蓮根堀りを見たかったなぁ!


                       <蓮池と車の洪水の間にある遊歩道。写真下>
Img_0708_2

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2007年11月20日 (火)

福岡  -1-

日田と福岡の旅日記の途中、銀座に寄り道してしまった。
(銀座の私の句はダメだったけど楽しかったなぁ!)

福岡の姉のところに着いたのが11月3日の夕方5時半。
横浜よりも日暮れが約1時間遅い。横浜だったらもう真っ暗な時間でも、福岡は五時半頃から少し暗くなり始める。何だか特した気分。

Img_07204日田から抱いてきた山帰来の実と水引草は無事でよかった♪

「私はどんなに苦しい時でも、絵の勉強と部屋に花を忘れることは無かったの」
これはずっと前に姉から聞いたことば。

姉妹でも親子ほど年が離れていて、育った時代も顔も性格も全く違う。
いつ会っても姉はやさしくいつも長女なのである。

「明日は破蓮を見に行こうね♪」 と姉。
「あ~ぁ!あそこね。うん、うん♪」

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2007年11月18日 (日)

歌舞伎座一周

11月16日、銀座吟行の日。
朝、鏡を見てびっくりした。白目の部分が赤くなって、ぷっくり小さく膨れている。違和感もあり。
「どうしよう!予定どおり吟行優先?
それとも眼科へ寄って、歌舞伎座前で皆と合流??」
結局迷いに迷ったあげく眼科優先にした。 「あ~あ、ついてないな~。」

Img_0818_2 眼科に寄って歌舞伎座前に
10時頃着く。吟行している皆と合流するまでには30分ある。

「そうだ!歌舞伎座を一周りしてみよう♪」

Img_0824_2 すぐ隣が「文明堂」。
ショウウインドーのランプシェードは異国情緒たっぷり。カステーラはポルトガル語?

歌舞伎座を左に見ながら角を曲って、ちょっと、リポーター気分♪

Img_0823_2 饂飩屋の硝子の中の七福神。これは可愛かったなあ。

裏通りは小さな飲屋や整体院がちまちまと並び、これでも夜は又、違った雰囲気なのだろう。

小さな空地もあった。「値が高いだろうなぁ・・・」思うことは誰も一緒。
冬草がところどころ生えて、もう随分長く空地状態?
銀座は空地も空地としての存在感がある。だれもがふーっと一呼吸したくなる小さな小さな20坪くらいの空間。

Img_0820 あっという間に一周りして再び歌舞伎座前へ。

銀座を歩くと、特別な街へ来たという何か身体にきゅっと来る緊張感と、明るい街を闊歩している開放感が交互にやって来る。初冬のこんな銀座がたまらない。

満帆の身体に冬日さす銀座      いほこ

歌舞伎座隣の「暫」(しばらく)という洒落た名前の喫茶店でしばらく時間調整をする。
ここを教えてくれた吟行の幹事お二人はセンス抜群。何かなつかしい感じのする古い店内はシンプル、ゆったりとしていてセルフサービスも気にならない。
美味しいコーヒー一杯200円も素晴らしい♪

今日現在、目の中の風船玉?は早期の薬のお蔭でもう全快寸前。 よかった♪

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2007年11月14日 (水)

江戸切絵図

私の旅日記もここで気分転換のため小休止させていただきます。

Img_0788_3

16日に、「街」の仲間の呼びかけで銀座吟行に参加する。
「銀座」・・・何と粋な地名だろう。
久し振りに池波正太郎の世界に入りたくなって
『江戸切絵図散歩』を開いてみる。

都電が廃止となり、川が埋めたてられてから、東京の町名がすっかり変わった。たとえば、前にのべた夕河岸が立っていた采女橋(うねめばし)などはむかし二ノ橋といったのだが、采女橋となったのは、明治になってからであろう。しかしこの名によって、むかしは、このあたりに松平采女正(まつだいら うねめのしょう)という大名の屋敷があったことをものがたっているのだし、現・歌舞伎座の向い側に〔采女ヶ原〕という馬場があって、此処が一つの盛り場になっていたことも偲ばせるのである。
 築地の西側は現代の銀座で町人・商家の土地で、それから川筋に沿って北へ、江戸湾沿いの一帯が町家だ。あとは大名・武家屋敷ばかりだった。
 海沿いの町には船宿も多かったろう。そうした船宿や釣道具屋を、私も何度か小説の背景に使っている。      (以上10行、『江戸切絵図散歩』より抜粋)

Img_0800 100ページからなる『江戸切絵図散歩』の半分以上は、江戸切絵図、北斎や広重の絵、在りし日の東京の写真、筆者(正太郎)の水彩画が占める美しい贅沢な本。

こんな素晴らしい本を残してくれた正太郎の知的、美的センスに感嘆せずにはいられない。

眠れない夜はこの本を開き、
めくるめく鬼平犯科帳の世界に浸り、江戸切絵図の美しさに見とれれば
眠ることもついに忘れてしまうありがた~い本なのだ。

Img_0789 さて、銀座吟行は現実を嘆き過去に思いを馳せるのか、それとも未来へ飛躍するのか、はたまた今を凝視して今を詠う正攻法で句を作るのか?

何かヒントはないものかと切絵図を眺めてみても、只々正確に江戸の地形を教えてくれるだけ・・・。
(右下、江戸切絵図)


「銀座~築地月島もんじゃ焼き吟行」が楽し~み♪♪

Img_0804

Img_0796

写真は
『江戸切絵図散歩』から。

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2007年11月12日 (月)

日田 -3-

― 山帰来(サンキライ)の実 ―

日田へ来て三日目。
市の中心街にある家から車で15分ほど走ると杉山の麓に着く。ここには、シャッタードアのついた四角いコンクリート造りの納屋がある。中は電動ノコ意外は名も知らぬ農機具ばかり。
私たち5人はここで山スタイルになる。この山スタイルになる時が兄弟姉妹の一番楽しいひととき。
スニーカーや地下足袋に履き替え、麦藁帽子を選ぶときの楽しいこと♪
なるべく古い帽子の方が貫禄が出るというもの。
そして棒一本持てばもう山ファッションだ!

5~6分山道を登れば墓地に着く。5人で1時間位かけて丁寧に墓掃除。墓前の両脇の椿と躑躅もチョキチョキ切ってさっぱりした。
墓のうしろの雑木林に真赤に熟れた「山帰来」の実がひっそりとImg_0604_2 待っていた。
途中の山道には可憐な
「水引草」も。

今回の帰郷はYの母の十三回忌の法要のため。こうして皆で楽しい時間を共有出来るのも、
山帰来の実に出合えたのも母のお蔭。

この日の午後、高速バスで
日田から福岡へ向かった。
(約1時間)

私を待っている姉の元へ、山帰来の実と水引草を抱いて♪

* 山帰来 : 「さるとりいばら」とも呼ばれ、ユリ科。花は4~5月

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2007年11月 9日 (金)

日田 -2-

―広瀬淡窓―

日田を知るには先ず幕末の儒学者「広瀬淡窓」を知るべきだと悟ったのは
数十年前のことだった。

Img_0583 淡窓(たんそう)は1782年、幕府の天領であった豊後の国、日田の町に生れる。


日田市に、淡窓が主催した私塾「咸宜園」(かんぎえん)跡がある。

「人材を教育するのは、善の大なるものなり」
これは淡窓の言葉。淡窓は「善」という言葉を終生大切にした。

幼少の頃から病気がちであった淡窓は家業を継ぐことを断念し、塾を開くことで生計を立てたのだった。このとき24歳。
Kangien3

蘭学者・高野長英、幕末に活躍した大村益次郎などがこの「咸宜園」の塾で学んだ。
(これ位は私もパンフレットですぐ学ぶことが出来た♪)

P7250081 写真は「咸宜園」跡(上)

日田を流れる三隅川。
(撮影2006年夏)

三隈川(みくまがわ)は筑後川の
上流。
鵜飼、船遊びが観光の目玉。

そうだ! 日田温泉もありました~♪

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2007年11月 8日 (木)

日田  -1-

大分県日田市に着いて二日目、小京都とも言われている白壁の町、豆田を歩いた。
Img_0588   鎌倉や飛騨髙山の町をふっと思わせる町。Img_0556

Yの実家から15分も歩けば来れる所なのに、いつも車で素通りしていた。
兄弟姉妹、甥、姪たち大勢で店を覗いたり、酒蔵に入ったり観光客になりきったのは初めてのこと。

市内を遊覧バスが走っている。小さな町に小さなバス。でも私たちは歩いた。路地に入ると昔なつかしい下駄屋さん、笊屋さんがあってついつい店に長居してしまう。
そうそう、昔、天領の杉で作る下駄は一大産業だったはず。

流星や天領日田の森深し     いほこ/1998

Img_0558 Img_0552_2

夏は暑く冬は寒い日田盆地は秋の紅葉が美しい。
一番いい季節にYの故郷を堪能した。

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2007年11月 1日 (木)

みなとみらい 

Img_0306_2
ガラスの玉暖簾、ハリウッドスターの写真で埋めれた壁。

終日シナトラの曲が流れ、たとえ目の前のものがランチと言えども、過ぎ去りし月日を思い起すには充分過ぎる舞台装置。

Img_0302

みなとみらいに行けば必ず入りたくなるレストランは昼間はピアノもドラムもOFF。
「あぁ!ディナーだったら・・・・」なんてことを思いながらお変わり自由のコーヒーを何杯も飲む。

Img_0304_2
今日の収穫はレストランから見えるトンガリ屋根の正体が分ったこと。

いつも不思議に思っていたあのビルは実は展望台だったなんて・・・。知らなかったのは私だけ・・・?


60階ではなく5階からの展望は海もビルも人もぐっと親しくなって、この街がもっと好きになる。

        みなとみらい天まで点し聖夜来る        岡田文子

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