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2007年11月 9日 (金)

日田 -2-

―広瀬淡窓―

日田を知るには先ず幕末の儒学者「広瀬淡窓」を知るべきだと悟ったのは
数十年前のことだった。

Img_0583 淡窓(たんそう)は1782年、幕府の天領であった豊後の国、日田の町に生れる。


日田市に、淡窓が主催した私塾「咸宜園」(かんぎえん)跡がある。

「人材を教育するのは、善の大なるものなり」
これは淡窓の言葉。淡窓は「善」という言葉を終生大切にした。

幼少の頃から病気がちであった淡窓は家業を継ぐことを断念し、塾を開くことで生計を立てたのだった。このとき24歳。
Kangien3

蘭学者・高野長英、幕末に活躍した大村益次郎などがこの「咸宜園」の塾で学んだ。
(これ位は私もパンフレットですぐ学ぶことが出来た♪)

P7250081 写真は「咸宜園」跡(上)

日田を流れる三隅川。
(撮影2006年夏)

三隈川(みくまがわ)は筑後川の
上流。
鵜飼、船遊びが観光の目玉。

そうだ! 日田温泉もありました~♪

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