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2007年5月 9日 (水)

西鉄ライオンズ

Img_0159_4 一枚の皿から連想するものは? 連想ゲームだったら私の得意中の得意!でもこれは連想とも違う。つまり・・・・

福岡の唐人町に最強軍団「西鉄ライオンズ」の選手の寮があった。当時活躍していた選手に往年の中西太、豊田、関口等の名選手がいて、「平和台球場」で試合のある日はバスが寮まで迎えに来て、フアンはいつもバスの回りに群がって見送った。

中学生になったばかりの私も当然近所のフアンの一人で、ザワザワと賑やかになると「あっ!バスが来た」と思って家を飛び出した。たくさんサインしてもらったのにあのサイン帖は一体どこにいってしまったのだろう。監督はかの有名な三原修さん。その内、中西選手が三原監督のお嬢さんと結婚してすぐ近くに新居を構えた。何度か見かけたけれど背のすらりとした小顔の目のぱっちりした人形のようにきれいなお嫁さん。子供心にちょっと憧れていた。

その寮から数分も歩けばもう玄界灘。アサリや馬鹿貝,たまに馬刀貝が採れ、休日はよく遊んだ。暗くなるまで泳いだ。腰の深さのところで足元を探ると貝に触り、親指と残りの指を上手に使って、貝を採ったりして姉と笑い合った。それほどたくさんの貝がいたということ。 あの頃は何故あんなに時間があったのだろう。

あの砂浜は今はない。いつの頃からか長い長い堤防が出来て、テトラポットが埋まり、貝堀りや砂遊びはもう出来ない。志賀島(しかのしま)能古島(のこのしま)の見えるあの砂浜の夕焼けはとってもきれいだった。

・・・・つまり、一枚の皿を見ると、夕焼けのあとの、静かな唐人町の夜の海が思い出されるのです

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