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2007年4月

2007年4月30日 (月)

鯉幟

鯉幟が若葉に反射して、若葉が私の目に反射、私の目が鯉幟に反射して、光がぐるっとあっという間に見えない線を描く。移りゆく季節の中でも5月は一番光を感じるとき。Koi1img_0059_1 朝の散歩は鯉幟のおよぐ遊水池を左に見ながらいつも左回りに歩く。左回りの方が断然景色がいいのです。

晒されて、三連の鯉は年々白くなってゆく。

P1010056_3 玄関から鯉幟まで3~4分。やっぱり鯉幟は遠景がいいなぁ。 明日は5月1日。

鯉幟富士の裾野に尾を垂らす

             山口誓子 

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2007年4月28日 (土)

うちの夕景

朝晴れて、午後雷雨、夕方晴れて今日は忙しかった空♪

左の黒い大山。右に細い笠をかむった富士。04282007yuuzora_4 (04/28/2007)

18時20分。

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2007年4月27日 (金)

想定外

私の書棚に「想定外」の句集が一冊ある。全く俳句に関心のない人が、私が俳句をやっていると知って、面白そうな美しい緑の表紙の本を選んでプレゼントしてくれたのだ。句集の前半は食物に関した句ばかり。初心の頃、食物の句は美味しそうに作れと教わった。なるほど、食べるのが惜しいような句が沢山。処々の作者の油彩画も美しい。井上緑水の「グルメ天国」。こんな句集もいいなぁ。

散る花を吹き上げてゐる象の鼻               緑水

筍は小芥子(こけし)のごとく生れそめぬ           緑水

Img_0036sake2

句座で筍の句について久米正雄に「筍の先は丸いのかね」と言われ、吉屋信子が「ぽっくりとした感はありますよね」と助けてくれたとある。

句集の中の絵(鮭):井上卓衛(緑水) 

   

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2007年4月26日 (木)

もうすぐ

もうすぐ5月だよ~ 

今朝、靴下を干しながら見下ろした「吾が村」の鯉幟三連。

もっと近くから近日中に・・・。Img_0023koikoi  ここも横浜。

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2007年4月25日 (水)

放りたき

今年は山椒が鮮やかに芽を吹いてくれた。これまで何度鉢植えを買ってもすぐ翌年の春には枯れていた山椒。「やはり高層の乾きがちの土には無理な070425_113401_1 のかしら」と諦めつつも又、去年も買ってしまった。一本あると、先日の「アサリ飯」の上に一枚飾るだけでグレードアップする。これから素麺や冷麦、天ぷら等に添えれば涼味アップ♪

高い高い空。緑の多い道へ遠回りして買物に。どうしてこんなにいい天気なのに私は買物籠をぶら下げて買物などに・・・?こんな気持、男性には絶対分からないだろうなぁ。

「ええ~い! 買物籠など放っちまって、北国の春へ旅にでも出たいなぁ~」

買物籠放りたき空山椒の芽              いほこ                                                    

                                           070425_113601_2        2004年 今井主宰選

3年前とは吾が家の家庭事情もすっかり変わって、今や買物は男の仕事。「ええっ?じゃあ、貴女は一体何をするの?」 「ご心配なく! キッチンの牙城だけは死守しておりま~す♪」

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2007年4月23日 (月)

蝶番

毎年、4月になると必ず潮干狩に出かける相棒Y。近所にも好きな仲間がいて良いレクレ-ション。行き先は横浜金沢八景「海の公園」。味噌汁の外、茹でて剥き身にして浅蜊飯を作る。これがもう滅法美味しくて癖になる。深川飯なんて目ではない。だから毎年出かけてしまうのだ。私は行かない。太古より狩をするのは男に決っている。?070421_073002_4

蝶番とは入れ物の蓋や家屋の開き戸に用いられている金具のこと。貝の蓋は蝶番のようなもので二枚が繫がっている。私はずっと「蝶番」の語源はこの貝の繋ぎの部分から来ているに違いないと思っていた。貝が開けば丁度、蝶の形のようだし。ところが「蝶番」の実際の語源は字の通り「蝶のつがい」から来ていて、とまっている雄蝶、雌蝶に見立てたとある。でも、しかし、その蝶番を最初に思いついた人は何から発想したのだろう、と思うと、やっぱり貝を見て蝶番を考え出したのではないか等と思ってしまう。真偽のほどはともかくとして貝の蓋の「蝶番」は強力。閉まったら最後手では絶対開けられぬ。誰もいない静かな午後や真夜中は少し開いて思いきり舌を出して万歳をする。勿論、万歳をしたあとの貝が断然美味しい。

P4210096_4 貝をたくさん掘ったり、頂いたりしたときは<夜空へ>の「アサリ飯」を思い出して下さ~い。

アサリは一年で今が一番美味しいんです。

<アサリ飯>の作り方はこちら♪♪♪♪♪♪♪

江戸前のアサリは模様が美しいのが特徴ですって♪

東京湾で獲れたものを江戸前と言いますが、勿論、、写真のアサリは江戸前。二つと同じ模様のないアサリ!

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2007年4月20日 (金)

どらねこ先生

― 記憶の一番底にいる他人 ―

肉親以外での一番古い記憶の人は「どらねこ先生」。多分4~5才位の頃。隣に住んでいたのが同じ歳の弘子ちゃん。弘子ちゃんの家の一室が内科の出張所になっていた。その頃は医院の出張所というものがあって、通いで先生が昼間だけ常駐してTs380626_1 いた。近所の人達はその内科を「出張所」と呼び、「どらねこ先生」はそこの通いのお医者さんだった。私と弘子ちゃんは毎日毎日一緒に遊び、当然のことながら、私たちは診察室も自由に出入りし、どらねこ先生と仲良しだった。どら猫先生の渾名は多分先生自身がつけたのだと思う。先生との毬つき、縄跳び、ケンケン、時には花摘み籠を持って花摘みに。背がひょろっと高く眼鏡をかけ、小顔で真っ黒い髪(多分30代)だったと思う。今にして思えば、お医者さんものんびり出来た時代だったのだ。

出張所はいつの間にか無くなり、先生も居なくなった。僅か1~2年、或いはもっと短かい先生との出会いだったのかも知れない。私も普段はほとんど忘れているけれど、何年かに一度位は無性に会いたくなる。私の記憶の一番底にいる他人。もう一度会って、顔を確かめないと、その先の私の記憶が続いていかないような不思議な気持になる。毬つきや縄跳びをしたどら猫先生と私と弘子ちゃんは、あの頃確かに存在したのだろうか。どら猫先生に会えば霧が掛かった様な記憶をもう一度確認出来るのである。一流紙の第一面に「どらねこ先生どこにいますか~」と呼びかければ「ここにいるよ~」と返事が返って来そうな気がするけれど・・・。今となってはもう、母の方が先にお会いしてご挨拶を済ませているのかも知れない。そう言えば弘子ちゃんはどこにいるのだろう。

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2007年4月18日 (水)

怒濤

朝のウォーキングの途中小さな花壇がある。私はここで最後に池をもう一周しようかどうしようかと時々悩む。真紅の牡丹が一つ二つと咲き始めた。今日は悩まずにパチリとシャッターを。牡丹を見れば当然名句を見たくなる。

牡丹の奥に怒濤怒濤の奥に牡丹   楸邨070417_111901_1

白牡丹といふといへども紅ほのか  虚子

白牡丹はちょっと距離をおいて見たい花。真紅の牡丹は近づいて渦巻きを見たい。渦巻きは楸邨先生の壱岐の「怒濤」へと思いが繫がる。

そしてこんな句も。

牡丹の芽炎となりし怒濤かな     楸邨

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2007年4月14日 (土)

かぜのはなし

Ts380601

ブランコでかぜのはなしをきいている 

                     ゆき

風のはなしを聞きたい。

風のはなしが聞えるのは幾つまで?

A_ilst077

「俳句朝日」5月号「ジュニア俳句」に載った句。初めて投句して載るとは何と運のいい子。子供はゲーム感覚で句を作るらしい。子供は移り気。普段のゆきちゃんは「ポケモンカードゲーム」に夢中。

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2007年4月12日 (木)

「感じてね」

Pla014_5 私のてのひらに椿をのせて「感じてね」と言ったUさん。そのまま「掌に椿のせ」として投句した。

<感じろ>という言葉に対しては、もう少し小さな可憐な花がいいのでは?」と句会での主宰のアドバイス。ほんとのことを詠んでも、読み手の繊細な感性に届かぬ難しさ。

考えて、考えて菫にした。今でも、もっと可憐な小さい花があったのでは・・・と菫を見るたびに心が揺れる。

「感じろ」といふ掌に菫のせ  いほこ

           2004年 今井主宰 選

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2007年4月10日 (火)

鶴見線

070327_113401先月の「鶴見線吟行」の際通りかかったあるお宅の花壇。花々で家が隠れてしまうほどだった。

花について質問するとうれしそうに奥さんが答えてくれた。

「こんなたくさんのパンジー、苗から育てるのですか?それとも・・・」

「パンジーは皆、種を蒔いて育てます」

工場地帯にある家々の花はやさしかった♪♪070327_114102

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お絵描き細胞

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先日は思い出のワンピースを夢中になって描いてしまった、 数十年ぶりのお絵描き。

改めて、全然使わない脳細胞は永久に成長しないどころかやはり退化することを実証出来た感じ。(恥ずかしい!)

だって、この絵は現在8歳になったばかりの女の子の絵。「虹」と「桜草」らしき花は昔と同じ。

でも女の子のファッションが変わりましたねぇ。それにしても、私の絵と比べて何と瑞々しいことか。只今、お絵描き細胞増殖中。

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2007年4月 7日 (土)

入学式

Ts380590_2小学校の入学式の服は母が縫ってくれた。母の着物を解いたのであろう、少し張りのある黒の薄手の絹。襟はショールカラー。胸元にギャザーを寄せて、膝丈までふわっと広がるワンピース。素材が少し変わっても半世紀以上も愛されている子供服の定番。今でもよく見かけるデザインに改めて定番のすごさを思う。きっと女の子が一番可愛らしく見える形なのだろう。

ワンピースの胸のギャザーの少し上に、桃の花を象ったショッキングピンクのアップリケが五つ並んでいた。子供心に、このピンクの生地も着物地で、少し光沢があったことを覚えている。それにしても大胆な配色。

桜の季節になると、50年以上も経った私に、この鮮やかな二色の組み合わせの服がいつも蘇ってくる。入学式に誰とどんな教室で・・・なんていう光景は、私の記憶の底をどんなに叩いても全く出てこないのに。そして母がミシンを踏んでいる姿の記憶もこれ一度きり。日当りのよい縁側に叔母や近所の人が数人集まって、「いいねぇ。かわいいねぇ」と喜んでくれた。桜の頃にはきまって近づいてくる母。

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2007年4月 4日 (水)

せめて

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今年はよく桜の下を通ったけれどとうとう句は出来なかった。未だ、あきらめてはいないけど、あまりに桜を見過ぎてしまったあとは出来ない、少し間を置いてから・・・などと、出来ない口実にしている。せめて、句の鑑賞だけでも。

さまざまの事おもひ出す桜かな    芭蕉

夜の桜うしろに暗き崖懸る        楸邨

限りなく俗に近い芭蕉さんの句。でも何故か頷いてしまう。それに対して、妖しさ、暗さを合わせ持つ桜の危うい部分を詠んだ楸邨さん。両極端にあるような句。

芭蕉さんには、この楸邨さんの句と並べてしまって申し訳ない気もするけど。

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2007年4月 2日 (月)

ツタンカーメンの豆の色

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ツタンカーメンの墓の中から出て来た豆の種がいつの間にか世界へ広まって、幸弓さんの畑にも。

さやの色がなんともいえない。深紫それとも濃むらさき?表現が難しい。どなたかぴったりの色の表現を教えて欲しい。

ゆくゆくは、「真っ白い髪もいいな」と思うようになっていた私。

でも「ツタンカーメンの豆の色の髪もいいかも・・・」と思う。

さて、10年後は?

 写真は「ツタンカーメンの豆」 (幸弓さんより)

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